episode 3 - KORG DW-8000

「デジタルを超えた美しい音」

1982年、コルグPoly-61、17万9千円で2DCOと64音色メモリーを装備、音源はアナログだが史上初のデジタル操作系を導入、物理操作子を廃したのっぺりフェイスでもってコスト・ダウンを実現。すなわちROLAND Juno-60を凌駕(りょうが)する仕様と先をゆくデザインを誇りながらも、価格的にその下をくぐりぬけて足をすくわんとす。だが翌年YAMAHA DX7爆誕、MIDI爆誕。既存のアナログ・シンセは強制終了、人気墜落。

DX7という史上初民生デジタル機の威力を目の当たりにしたKORGは、同社初のデジタル・オシレーターを搭載したシンセの開発に向かう。それがDW-8000であった。

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DW-8000に搭載されたDWGS音源とは“Digital Waveform Generator System”の略。でもこれでは単に“デジタル波形生成システム”って言っているだけですよね。KORGはこういう、結局何を言ってるのかよく分からない名前が時折目につく。M1のai音源にしても“advanced integrated”、つまり“進化して集積された音源”。むしろDWGSというその名からは、本当はデジタル・シンセではないのだが少しでもデジタルと言いたかった、これもデジタル・シンセみたいなものなのだと言いたかったという、時代の最先端から脱落しかかり負け戦が色濃くのしかかるKORGの悲壮な覚悟すらをも読み取れる。

DW-8000の実態は8音ポリのデジアナ・ハイブリッド・シンセであり、その構造は以下の通り。

◎2基×デジタル・オシレーター ◎1基×VCF ◎1基×VCA ◎1基×デジタル・モジュレーション・ディレイ ◎1基×オート・ベンド(ピッチ変調用簡易EG) ◎2基×EG(VCF用とVCA用) ◎1基×LFO ◎1基×MIDI同期可能64ステップ・アルペジエイター

FM音源に対し、音創りがしやすい減算方式を採用しつつデジタルの恩恵も打ち出そうとしたのである。当時デジタル化に出遅れた多くのメーカーが、このようなハイブリッド・シンセをまず出してからフル・デジタル・シンセに取り組もうとしていた。PPG Wave2しかり、SEQUENTIAL Prophet-VSしかり。特にレゾナント・フィルターのデジタル化は至難を極めたようで、なかなか実現できていなかった。逆に今はファッション的なこともあって先進的なデジタル・オシレーターにアナログのVCFをカップリングさせたデジアナ・ハイブリッドな減算方式が盛んであり、結論が同じでも出発点が真逆であるところが面白い。

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1980年代後半になるとDWGS音源やPCM音源は、まとめてウェーブメモリー音源、あるいはウェーブテーブル音源などと呼ばれた。ただし狭義のウェーブテーブル音源とはPPGが始めた“波形パラパラ漫画”的な方式を指すので注意。すなわち......

(1)広義のウェーブテーブル音源:

1波ループであれ普通のサンプルであれ、とにかく波形メモリーがあって、そこにアナログ・シンセの基本波形以外の多彩な音源波形を搭載したもの。KORG DW-8000のDWGS音源や、いわゆるPCMシンセなど。さらにはM1のai音源、YAMAHAのAWM2音源、そして「実際の音を聴いてほしい」という理由から特定の音源名をあえて付けなかったROLAND JD-800も技術的に言えばこれ。

(2)狭義のウェーブテーブル音源:

いろんな形をした1波ループがたくさんあり、それら個々の波形に番号が割り振られる。普段はそのうち任意の1波のみをループ再生するのだが、その波形を波形番号の順番に差し替えたり、離散値でランダムに差し替えたりする。すなわち、読み出す1波を次々と差し替えていくことで音色が時間的に変化する“波形パラパラ漫画”方式。波形の差し替えにはEGやLFOなどの変調ソースを使い、これによりフィルターに依存しない多彩な音色変化が可能。多くの機種では数十の波形を1ウェーブテーブルとして管理し、複数のウェーブテーブルを持つことで音色変化に幅を出す。PPGやその後継者WALDORFのシンセに始まり、現在のXFER RECORDS SerumやKORG Modwaveもこれ。

(3)番外編その1~グラニュラー音源:

これは1波ループよりも長いサンプルを数珠つなぎにするもの。それでいて各サンプルはms (ミリセカンド) 単位に短いので“グレイン(grain=粒)”と呼ぶ。グレイン単体で若干ループさせたのち次のグレインへと遷移する、という作業を繰り返せばタイム・ストレッチが実現できる。グレインをはしょればタイム・コンプレッションとなる。最近はグレインをハチャメチャに操作するプラグインやモジュールなどが多くて愉快。

(4)番外編その2~ウェーブシーケンス:

これも1波ループよりも長いサンプルを数珠つなぎにするものの、今度は各グレインの長さが聴覚上もはっきりとサンプルとして人間でも分かるくらい長い、言わば巨大グレインを数珠つなぎにし、各グレインはループさせることなく、単に次々と遷移する「巨大グレイン版パラパラ漫画なのか、もはやこれは!?」という“紙芝居状態”になったものを指す。KORG WavestationやiWavestation、ENSONIQ TS12、そしてKORG Wavestateがこれに相当する。ENSONIQのは非常に明快で構造も便利だが、KORGのはサンノゼの天才たちが作っただけあってお利口さん過ぎて難攻不落で、逆に挑戦しがいがあるがちょっと使わないとすぐ操作を忘れる(笑)。

(5)番外編その3:

実は歴史的に最古の語義、始原、始祖、すなわち原理主義的な意味でのウェーブテーブル音源とは、“波形読み出し音源(Table Lookup Synthesis)”と同義である。波形メモリーの中にビット深度とサンプリング・レートにて標本化された波形データがあり、その標本を1つずつ読み出して再生する方法を指す。なのでそれがサンプル・プレイバックだろうがFM音源の正弦波オペレーターからの波形読み出しであろうが問わない。上記(1)~(4)すべての根源をなす方式である。

ウェーブテーブルの語源だが、テーブル(table)というのは卓だけではなく、一覧表とか目録といった意味もある。すなわち波形の目録であり、当初は上記の(5)にある“波形読み出し音源”を意味し、その次に(2)にあるPPG波形パラパラ漫画方式を指すようにPPG創業者ウォルフガング・パーム氏が使ったと思われるが、少し時代がくだって(1)にあるDW-8000のように、単にアナログ基本波形以外にも波形バリエーションを豊富に持つもの全般を指すようになった。(1)から(5)のいずれも英語的には矛盾は無い。

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デジアナ・ハイブリッド・シンセとして、図らずも時代の先駆者となったDW-8000ではあったが、そんなこと当時分かるはずもなく、また前述のPoly-61同様、物理操作子がほとんど無いことからも今なおあまり中古でも人気が無い。なのでここではあえて仕様についても少々触れておく。61鍵、ベロシティとアフタータッチに対応したKORG初のシンセであり、小型で庶民派な名機KORG Poly-800に続いてMIDI対応したシンセでもある。

そのDWGS音源とは? 既存の音をフーリエ変換でもって分析し整数次倍音のみ抽出、それらの倍音群をサイン波加算合成でもって再合成、そうやって生成した16波形を波形ROMに持っておき、それを読み出す新開発のデジタル・オシレーターを搭載。つまり、こんにちのようなPCM化したサンプルではなく、それを整数次倍音のみで再構成した1波ループである。それをVCF/VCAで加工するのがDWGS音源。DW-8000では波形ROM容量が256kビット×4=1Mビットであり、仮に当時普通だった8ビット・サンプリングだったとすると128KBということになる。元はオクターブごとにマルチサンプリングされたものがベースであったと言われる。

16波形にはアナログ・シンセの基本波形たるノコギリ状波や矩形波のみならず、アコピ、エレピ、オルガン、バイオリン、サックス、ギター、ベース、ベルといったアコースティック楽器や現実音をサイン波倍音加算で再合成したものもあり。エレピと言ったが、恐らくは当時大流行した“DXローズ”からサンプリングしたものをベースにしたと思われ、何となくそれらしい面影はあるがいかんせん加算合成した1波のみの無表情なループであり、あくまで後段のフィルターやアンプなどで加工するための素材であった。

これらを2基のデジタル・オシレーターにアサイン。FM/AM/シンクといった変調は無いが、3度とか5度などとピッチ・インターバルを設定することで多彩な倍音群を演出できた点は「さすが、分かってらっしゃる!」。

その後段に位置するVCFとVCAには、これも新開発のデジタルEGが各々組み合わさり、ADSRではなくADSSR (Attack/Decay/Slope/Sustain/Release)、すなわちセカンド・ディケイが加わった。このおかげでエンベロープ・カーブを上下反転させずともスフォルツァンド(いわゆる“hit and run”)を簡単に演出できるようになったばかりか、カラフルな音源波形が増えたことも相まって、使い込めば実は多彩な音創りができたのである。

例えば片方のオシレーターに低いピッチでノコギリ波、もう片方のオシレーターに高いピッチで金属ベル波形、VCF EGでシャープなアタック・トランジェントを作り、VCA EGでも同じくトランジェントを作っておきつつもセカンド・ディケイを作ると、あたかも短く減衰するベルと長く持続するストリングスという2つの音色をレイヤーしたような、擬似的な部分音合成が可能であった。

フィルターとアンプとのEGが多ポイントになったのに対し、ピッチEGには“オート・ベンド”と呼ばれる1タイム1レベルのみのシンプルなものが装備された。それでもまだあるだけマシで、これをほぼタイム・ゼロにしてレベルだけを極端に大きくとると、実はスラップベースのような“キュッ!”というアタックで弦を引っ掛けたようなシャープなトランジェントを演出できた。見ろ、文句言うだけでなく使いこなしているだろう!

512msまでのモジュレーション・ディレイも装備、デジタルかつステレオ仕様なので、空間的な広がりを持ったコーラスやフランジャーなども作れた。設定は音色ごとに記憶。テンポ同期しないからよろしくね。また当時は珍しかったMIDI同期するアルペジエイターもあり、これは最大64ステップの簡易シーケンサーとしても使えた。ただし、アルペジオ・パターンは保存できないので、毎回その場で設定する必要があった。最後のとどめにユニゾン・モード。そしてポルタメントがポリでかかるのも、じつはDXには無かったポイント。そのための専用トリガー・モードまであった。通常のローテーション・トリガーに対する、言わばリセット・トリガーである。

音色をストアする外部メディアにはカセット・テープ。今となってはデータ信号をWAVファイルとして保存しておいた方が後々MIDIバルク・ダンプよりも送受が楽であった。というのもDW-8000は1音色ずつしかSys-Ex送受できず、いちいちプログラム・チェンジをかましてからダンプ・リクエストを1音色ずつ送信せんならんという原始的で面倒くさい仕様だったからである。

シンプルな構造かつパラメーターの限界値も低いが思いのほか多彩な音が創れる上に、アナログでもデジタルでもない正体不明な第3の音も創れた。ベロシティとアフタータッチにも対応するために表情が豊かであり、いったん感覚的にキャラが分かるとと結構個性派シンセなことに気づく。実は面白い機種であった。そもそもシンセとはそうではなかったか? アイデンティティが無いのを逆手にとって、既存のものではない音を、未知の音色と新しい表現とを追求するものではなかったか?

わが秘伝のレシピも2つほど掲載しておく;

♬〜 1音源波形15番と13番を使った金属波形エレピ:

ファースト・ディケイでは急落するも、セカンド・ディケイをうまく設定することで緩やかに余韻を残す。ディレイでダブリング効果みたくアタックに“コツ”という響きが入るように。うまくいけば、ほかのどのシンセとも丸っきり異なる、まるで天界のハンマー・ハープかとみまごう、未知の弦を爪弾くような美しい音がする。

♬〜 2音源波形6番と10番とを使ったコーラス・ギター:

レゾナンスをやや上げて、音に“びよ”というクセを付けるも、付け過ぎると悪趣味になるだけなので、そこはぐっとこらえて(笑)。ちょっとバンジョーっぽくもあるも、実は低音が素晴らしく切ない感じになる音。まさに甘いアメ色の響きのギターというか、不思議なメランコリックさを伴った豊かなセミアコのような音になる。エモい。

アナログのVCF/VCAにアフタータッチをかけることができたため、当時のシンセにしては音色変化も滑らかであった。というのもフル・デジタルDX7のアフタータッチは、ひどい階段ノイズを出すため音楽的には使い物にならないことが多かったのである。

そうそう、外部からMIDIで鳴らすとめっさ反応が遅っそい!(笑)。もう、鍵盤で音を出しましょう。その鍵盤もちょっち硬い(笑)。

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その開発は難航を極めたというKORG初のデジタル・オシレーター搭載機種。ソフトウェアが大きな比重を占めるハード・シンセ。あまりに開発に時間かかり過ぎるがために「なんとしてでも是が非でもデジタル・シンセと言えるものを早く出せ!」というので、途中から急きょ予定を変更、1個しかないCPUを2個に増やし、そのぶん音源波形を8つに半減、キー・ベロシティも無くし鍵盤はアフタータッチのみ対応、モジュレーション・ディレイも廃してコーラスのみ内蔵という機種、DW-6000を必死のぱっちででっちあげて先に発売。DW-6000を買ったユーザーたちは、たった9カ月後にこれを凌駕するDW-8000が出てきて驚愕の総白髪。

◎DW-6000 1984年12月発売、184,000円。8波形、アフタータッチのみ対応、コーラス内蔵、2CPU。 ◎DW-8000 1985年9月発売、198,000円。16波形、アフタータッチとベロシティ対応、モジュレーション・ディレイ内蔵、1CPU。

だが頼みのDW-8000も売れず、KORGはYAMAHAの資本参加を受け子会社となった。チップ設計をYAMAHAに委託したのが発端という話もあるが、ほんとうですか? そして先述の通りDW-8000は物理操作子に乏しく操作性がよろしくない。リアルタイムにノブやスライダーでぐりんぐりんというわけにもいかないため、今なお中古でもいまいち人気が出ない。

パンデミックのように瞬く間に全地球を襲ったシンセのデジタル化。未曾有の環境変化によって従来の知識も経験も一瞬にして役に立たなくなり、アナログには未来が無いとまで言われ、何でもできる没個性デジタルへとすべてがフォーマットされゆく世界の中、人は何を信じればよいのか。敗北しかかったとき、それでもなお黄昏(たそがれ)に夜明けを求めて、どうやって前を向くのか。そもそもどっちの方向が前なのか。明日はどっちだ?

「デジタルを超えた美しい音」

そのキャッチ・コピーには敗色が濃くなれど夢をあきらめないKORGの宣言があった。デジタル世界のど真ん中で、それでもスペックがすべてではない、音を聴いてほしいという願いがあった。アナログでもデジタルでもない第3の音の世界を聴いてもらえるようになるには、だがまだ時期尚早だったのであろうか。

ジョー・ザヴィヌルは、Prophet-5を売ってDW-8000を買ったという、今を思えば奇特な方である。

この後さらなる“デジタルを超えた美しい音”を求めたKORG初のサンプラーDSS-1。これはDW-8000の構造をそのまま進化させ、あるいは外部音声を自力でサンプリング、あるいは128サイン波倍音加算合成、あるいはハンド・ドローイングすなわち波形手描き入力、そうして作成した音源波形を2基のデジタル・オシレーターでもってハード・シンクかけたりビット落としかけたり、VCF/VCAで加工したり、コーラスやモジュレーション・ディレイで飛ばしたりと、事実上DW-9000と言っても過言ではないヲタな機種となった。事実KORGはDSS-1が“サンプラー”と呼ばれるのを嫌ったようで、音創りにこだわった“サンプリング・シンセサイザー”だと強調していた。

やがてKORGは、次の機種開発プロジェクトに通常の5倍の人員を投入。マルチエフェクト2基をシリパラ接続可能にすると決めるだけでも数え切れないミーティングを行う白熱ぶり。

Xの次はZだ!とばかりにCASIOがYAMAHAと一騎打ちを果たしている間、それらとは違う別の道を選んだWの悲劇。だがそのWは、ひっくり返ってMとなり、M1という名の次世代フル・デジタル・シンセとして今度こそKORG絶体絶命からまさかの起死回生逆転満塁ホーマーとなり、さらにもう一度ひっくり返ってワークステーション・シンセのWとなった。たった1機種で十万台以上を売り飛ばすというありえない記録をたたき出し、KORG加藤会長は自社株の大半を買い戻し、社員たちは一生に一度もない空前の大盤振る舞いボーナスに湧き、以来KORGはワークステーション・シンセのお家元として君臨することとなる。

そしてDWGS音源波形はその数を増やしながら脈々と受け継がれ、後継機種たちに搭載されることとなった。

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だが、それはDW-8000が描いた理想を拡大し推進するのではなく、むしろ限定することで逆説的に得た勝利であった。

引き算の美学。鍵は限定にあった。シンプルなROMpler。それはユーザー・サンプリングもFM/AM/シンクも波形手描き入力も倍音加算合成もみんな捨てて、よりすぐりの音源波形をROMに焼いたPCMシンセへとフォーカスする。自由を棄てて限定へと。創るのではなく選ぶことへと。レゾンデートルたる音創りを棄て、プリセット音色をたくさん搭載して選ぶ事実上のプリセット・サンプラーへと。

削ったのは音創りだけではない。シーケンサーも割り切った。そもそもこんにち的なオールインワン・シンセ自体、M1に先立ち米国ENSONIQのシンセ初号機ESQ-1に始まったコンセプト。その内蔵シーケンサーは当時既に2万4千ノートのキャパがあり、楽曲制作に余裕の仕様。その点M1内蔵シーケンサーは標準で3千5百ノートしか入らない。さすがにKORGも気にしたようで内蔵音色メモリーを100音色から50音色へと半減させることでシーケンス容量を倍増できたが、と言っても7千ノート。ENSONIQの三分の一にも満たず、せいぜいベース・ライン2~3曲分くらいの容量か。

それでもなおオールインワンを名乗ったKORG M1は、サンプラー級にリアルな音が出たことのみならず、強力なエフェクト、YAMAHAからもらったFS鍵盤、それらに立脚した上でこれまでの京王技研から見事に脱皮したあかぬけたデザインと宣伝、そして“music workstation”というコンピューター業界から借りてきた造語でもって新種の楽器だと位置付けたこと、つまり業界っぽくなったマーケティングによる勝利であった。熱狂の影に拡大から限定へのすり替えがあったこと、それに気づいた者は当時果たしてどれほどいたであろう。

DW-8000が求めた音創りへの宿題は、いったんM1とTシリーズでは鳴りをひそめることとなった。それがやや違った形で再浮上するのは“workstation”コンセプトとは対をなす個性派シンセWavestationまで待たねばならず、それがさらに本流のワークステーション・シンセに還流するのは01/WからTrinityにかけての話。ちなみにWavestationの雑誌広告キャッチ・コピーは「無い音は、僕がつくる」であった。

そしてKORGは今、Volcaやlogueシリーズに見られるような、引き算の美学、削ぎ落としの美学に徹した機種にその卓越したセンスと本領を発揮しているようにも見える。

悲運に終わったDW-8000ではあったが、新開発ツイン・デジタル・オシレーターにDWGS波形、多ポイントEG、マルチエフェクトの祖型となったモジュレーション・ディレイ、ベロシティとアフタータッチ対応鍵盤、当時まだ当たり前ではなかったMIDI同期アルペジエイターなど、のちのKORG再生への布石となる多くが、実はこの機種に初めて込められている。ポリフォニック・ポルタメントのように、このあとしばしの間KORGからは久しく聴けなくなったものもあったくらいで、これがKORGらしい音がする最後のシンセだという人もいた。操作性に難ありと言えど、原始的なコンペア機能はちゃんとある配慮ぶり。

中興の祖の、そのまた祖となった日影の礎石、DW-8000。DWGS波形は今なおKORGシンセの多くに搭載され、その数も増加の一途。何よりもその勇姿の一部はKronosなどの画面にて、悲願だった“デジタル・シンセ”を意味する音色カテゴリーを表示するときにアイコニックに使われている。そして今やデジアナ・ハイブリッド・シンセが百花繚乱。

聴け! コルグ未来への胎動はここにあり! (2021年11月10日Sound&Recording公式サイト初出)

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